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タイトル

■World Peace & Prayer Day 2005 ブラックヒルズ・レポート

World Peace & Prayer Day 開催 10 年目にあたる 2005 年 6 月、ラコタ族の聖地・ブラックヒルズで行われる感謝の儀式に参加してきました。ごく個人的ではありますが、ここにレポートさせていただきます。

WPPD 2004 JAPAN事務局
本出みさ

− すべてのものの心臓、ブラックヒルズ −
ラコタの人々が、「パハ・サパー全てのものの心臓」と呼ぶブラックヒルズは、サウスダコタ州の北西部一帯に広がる、切り立った岩山や穏やかな松林、そして地下にはローズ・クオーツを中心とする鉱物の洞窟が広がる地域のことをいいます。北西端はワイオミング州の聖なる岩山、グレイホーン・ビュート、北東は平原にぽっこりと隆起した聖山ベアー・ビュート、南端にはラコタの民が地中から生まれ出た場所として知られるウィンド・ケーブがあります。同時にブ ラックヒルズは 1800 年代のゴールドラッシュの舞台となった地でもあり、ラコタやシャイアン族から土地が奪われたあと、ワイルド・ビル・ヒコックやカラミティー・ジェーンといった西部劇に登場するならず者たちの拠点となった、デッドウッドやレッドといった町や、山肌にアメリカの大統領の顔を大きく削ったラッシュモア山など、現在も「古き良きアメリカ」を求めて観光客らが訪れる土地となっています。聖地ベアービュートにほど近いスタージスの町は、毎年8月に開催される「スタージス・バイク・ラリー」で、全米のみならず世界中からハーレー・ダビッドソンにまたがったライダーたちが集結する、バイ カーの一大聖地でもあるのです。サウスダコタ州の中でも最も環境に恵まれ、生活に適したこのブラックヒルズは、当初米国政府によってラコタの土地として保証されたにもかかわらず、金の発見によって、瞬く間に開拓者に奪われ、条約に反して現在も占領され続けています。

このような複雑な状況において、World Peace & Prayer Day をブラックヒルズで行うためには、まずその場所の確保から取り組まねばなりませんでした。当初予定されていたグレイホーン・ビュートは、ワイオミング州が管理する公園を利用する際の保障金の問題があり、やむなく断念。代わりに、ラピッドシティからハイウェイを車で 30 分ほど北西に向かったブラックホークという地の私設キャンプ場、「エルク・クリーク・リゾート」を好条件で借りることが実現しました。ここはなだらかな丘と林に恵まれた穏やかな場所で、海外ゲストのためのキャビンや、子供たちが泳げるプール、大きな亀や魚の泳ぐ池などもあります。

− ピースウォーク −
ラピッドシティ到着の翌日、空港に到着する参加者を迎えにいくために、州道44号線を南に向かいました。すると、途中、大きな鳩と虹の描かれた水色の旗を掲げ、行進を続ける一団が道路脇に現れたのです。これは、ニューヨーク州グラフトン在住の日本山妙法寺庵主の安田行純法尼をはじめ9名の人々が 10 日間かけて、1890 年のウンデッド・ニーの虐殺のあった地から一歩一歩を祈りの中に、WPPD 会場へ向かうピースウォークだったのです。彼らが歩いていることを知ってはいましたが、ルートも日程も何の情報もなかったため、現地で遭遇することは不可能だとばかり思っていたのです。にもかかわらず、サウスダコタ到着後、最初に出会ったのが彼らであったのは、やはりこのWPPDと日本の縁の妙を現しているとしか思えませんでした。ウォーカーの中には、4 日間断食を続けながら歩いている人もいて、みんな強い日差しと、暑さのため、かなりの疲労がでているように見えました。それでも表情と言葉は明るく、この 9 日間に及ぶウォークが祝福されていることが伝わってきました。

− WPPD 会場、エルク・クリークへ −
いよいよ WPPD 会場に到着すると、まず WPPD 本部を見つけます。一軒の白いトレーラーハウスがそれでした。ここでは、ウォラコタ基金のメンバーを始め、オーストラリアや南アフリカの WPPD のオーガナイザーらが、地元のネイティブの人々や、アメリカ各地からやってきたスタッフとともに忙しく働いていました。昨年はアボリジニ代表のケビン・バズコットさんのアシスタントとして来日したジェラルド・ウィリアムズさんは、今回は中心的オーガナイザーとして、走り回っています。ふと気がつくと、一組の日本人のカップルも、まるでトレーラーハウスの住人の様に馴染んで働いていました。昨年の富士 WPPD へは参加者として来場し、「今年はブラックヒルズに必ず行きます!」と言っていた埼玉在住のお二人でした。彼らは数日前に会場入りしたときに、昨年の日本スタッフと間違われて、スタッフ会議に招かれ、そのままコアスタッフとして働きつづけているということでした。しばらくすると、一足さきにサウスダコタ入りしていた昨年の WPPD 設営チームの某スタッフが忙しく働いています。昨年はトイレの設置から、儀式会場の設営まで幅広く担当していた彼は、「去年と同じことやっているよ!」と笑顔で動き続けていました。それだけではありません。会場を歩いてると、真っ黒に日焼けした富士 WPPD フードチームのスタッフが。彼女は、中米旅行中に知り合った女性4名男性1名のグループで、なんとメキシコからヒッチハイクでサウスダコタに来ていたのです。
今年は日本からいったい誰がやってくるのか楽しみではありましたが、まさか中米経由でやってくるとは思ってもみませんでした。そのグループのうち、富士に来ていたのは一人だけ、それ以外はみんな今回が初めての WPPD だったのです。よくみるとグアテマラやメキシコの民族衣装らしきいでたちの、とても日本人には見えない若者たちがすでに忙しく働いていました。

− 聖地ベアービュート −
しばらくすると馬用の囲い付近にジーンズ姿のチーフ・ルッキングホースを見つけました。カナダから到着する馬の行進のために準備をしていたところでした。しばし再会を喜んだあと、「今からベアービュートまで、馬の行進を迎えにいくが、一緒に行かないか?」と誘われ、チーフのピックアップトラックの荷台に飛び乗りました。途中で数名のラコタの少年たちも飛び乗り握手で挨拶。よく見ると、2 年半前のウンデッドニーまでの馬の行進に参加していた少年たちだということがわかりました。人数が増えたので荷台に散らばるタイヤや鎖、工具などの間に場所を見つけて、荷台の縁につかまって出発。一般道で向かうと思いきや、いきなりハイウェイに入り、時速 120 キロの猛スピードで一途スタージスへ。振り落とされないよう必死で荷台につかまり、風で帽子やサングラスを吹き飛ばされそうになりながら、20分ほど耐え抜き、無事スタージス出口に到着。一途ベアービュートへ向かうと思いきや、なぜかトラックは反対方向へ。減速して入ったところはハンバーガーショップ。おなかをすかせた少年たちにお昼を食べさせてあげようというものでした。少年たちがバーガーやポテトを食べているのをを見守る中、チーフ・ルッキングホースがしずかに、「日本からかけつけて来てくれて本当にうれしい。今年は感謝の儀式だ」という言葉の意味するところの奥深さを、ベアービュートを前にして、あたらめて感じました。

ベアービュートにたどり着くと、ふもとに大勢のライダーと馬たちが待っていました。嬉々と走り回る子供たちの中から飛び出してきたのは、ルッキングホース家の末娘。今回はカナダからずっと一緒に馬に乗って行進してきたとのこと。お兄ちゃんも、今年初めて馬に乗れる様になって、無事到着したということで、昨年よりもしっかりとしていました。このカナダからの馬の行進は、今年特別にカナダの部族から、聖なる馬の包みを運ぶものでもあり、ブラックヒルズでその教えに基づく儀式を行うという目的もあると聞いていました。長い距離を馬に揺られて南下してきたライダー一行の顔は皆清々しく、サポートでずっと道中を車で移動してきた家族の人々には安堵の表情がうかがえました。馬もライダーズも健康で、事故もなくたどりついたということは本当に有り難いことでした。

− 再会 −
夕方、WPPD 会場に戻ると、少しづつ参加者や先住民ゲストが到着し始めているようでした。昨年、アイヌ・アート・プロジェクトの縁で、急遽富士に招待したマオリ族代表のアイザック・ビシャラさんは、今回は女性1名、男性2名のマオリ代表団を引き連れて、コロラド州デンバーに到着。そこからスタッフの車で10時間かけて会場入りしました。彼らは2008年にニュージーランドでWPPDを計画中で、今回はそのためにも、なるべく多くのマオリの代表者 と参加したいと願っていたのですが、ぎりぎりになって招聘が可能になり夢が実現したのです。懐かしいアイザックさんの顔と新しいマオリの友人たちと、お互いの鼻を合わせてひと息を共にするという、伝統的なマオリの挨拶をした後、新鮮なセージを儀式用に乾かしているテラスで食事を共にしました。アイザッ
クに、「富士のWPPDの感想文、アイザックさんからのをまだ待ってるのだけど?」と聞いてみると、「ずっと気になっているのだけど、どこから始めたらいいのか分からないんだ。だって、昨年の富士はあまりにもすごすぎて、言葉で表現しようにもできないんだよ」。まったくそのとおりなのですが「日本のみんながアイザックさんのメッセージを待っていますので」と再度お願いしました。

6月のブラックヒルズは夏至だけのことはあって日差しも強く、日中の気温は30度前後あります。日も長く、日没は夜の8時30分頃、本当に暗くなるのは9時をすぎてからです。日の出も早く、キャンプをしていれば朝の5時30分頃にはもう暑くて寝ていられないほどです。

初日の18日はゆっくりとしたスタートで、徐々に参加者が到着しはじめました。昨年来日した先住民ゲストや長老たちの懐かしい顔も現れ、再会を喜びました。チーフ・ルッキングホースと共に儀式を司るミネソタ在住のダコタ族長老、クリス・リーさんは、家族とともに黒いRV車でキャンパーを牽引して登場。長老たちのためのキャンプ場に案内されるも、「自分は参加者と共にキャンプしたい」ということで、若者たちの集うランナーズ・キャンプに移動。養子に出されたネイティブの人たちの問題に携わっているサンディー・ホワイトホークさんは、今年初めてWPPDに参加するという、パートナーのジョージさんと、ミネアポリスの仲間たちと到着。和気あいあいとキャンプを張りはじめました。中米マヤの伝統を伝えるフローデマヨさんと、ホピ族長老のグランマ・コニーさんは、ニューメキシコから空路到着、レンタカーで会場に現れ、「誰にも迷惑はかけたくないから、自分たちの面倒は自分でみることにしているの」と、キャンピング・キャビンを借りて4日間の居を構えていました。アイルランドからは、キャロリン・オドノバンさんのアシスタントのジェフ・コンデルさん、アラスカからは、80歳を超えるウォルター・オースチン長老と、リンダ・デーニーさん、アビゲイル・アヤガラックさんが参加。ブラックフィート長老のロレーン・フォックス・デイビスさんは、家族で到着。南アフリカからは、WPPDオーガナイザーのアルタ・レヨノルズさんが夫婦で到着。お二人で WPPD に参加するのは今回が初めてということでとても嬉しそうでした。昨年富士に訪れたアボリジニ長老のケビン・バズコットさんは今回は土地を巡る訴訟のために国を離れることができず、また南アフリカからもズル族代表の方が入国管理で入国拒否を受けるなどのハプニングもありました。

今回のWPPDは、チーフルッキングホース主催としては最後の集いであり、また、感謝を捧げる儀式ということで、意味合いも深く、カナダからチーフ・ルッキングホース率いる馬の行進、アメリカの4つの方角からは、総勢50名近くの若者たちのランがそれぞれひと月以上かけて、会場に向かっていました。
18日正午、ラコタの民が平原を駆け巡りバッファローを追っていた時代を彷彿するかのような、「レレレレ...」というかん高いかけ声とともに、チーフ・ルッキングホースを先頭に馬の行進が到着。伝統的なイーグルの羽飾りと、WPPD 2004 JAPANのTシャツといういでたちです。それに続いて子供たち、そして大人のライダーたちがひづめの音とともに続々と入場。馬の行進に続いてランナー、ウンデッドニーからのピースウォーカーたちが入場。そのまま儀式会場へ進み、そこで輪になって、参加者全員が集って開会の儀式が始まりました。

− WPPD を見守り続けたデーブ・チーフ氏 −
今年はまた、チーフ・ルッキングホースにとって、試練の時でもありました。というのも、長年、チーフ・ルッキングホースのアドバイザーとして常に傍らにいた精神的指導者の長老、デーブ・チーフさんが、ちょうどWPPDの10日ほど前に他界してしまったのです。デーブ・チーフさんは、チーフ・ルッキングホースがWPPDのビジョンを最も支持してくれた伝統的長老であり、10年目の感謝の儀式を彼と共に迎えられることには深い意味と喜びがあったのです。はからずも17日の夜はデーブ・チーフさんのお通夜となり、翌18日はその埋葬の日となりました。17日の夜、会場から2時間はなれたパインリッジ・居留地のお通夜に向かい、明け方戻ってきたチーフ・ルッキングホースの心境は複雑なものだったに違いないと思いました。自分には何もできないけれど、ただそこで何らかの形で彼をサポートできれば、という思いでした。私たちの目に見える世界にはいなくとも、デーブ・チーフさんはきっと今にもましてチーフ・ルッキングホースを守り支援してくれるにちがいない、そう感じていたのは私だけではないようにも思えました。

−「涙を拭く儀式」から「せかいへいわといのりの日」へ −

ウンデッドニーから到着したウォーカーたちはクリス・リーさんのキャンプ近くにテントをはり、10日間の疲れを癒しているようでした。中には、行進中に4日間の断食をしていた人や、会場についてから断食に入る人がいるなど、炎天下の中歩き続け、日焼けした顔に、断食の疲労が重なっていました。安田法尼は、WPPD会場では、21日の祈りのサークルの前で、4日間、読経を続けておられました。そもそもチーフ・ルッキングホースと日本の縁も、もとはといえば安田法尼が、ウンデッド・二ー虐殺100周年にあたる1990年に向けてその4年前から毎年、彼らの馬による行進に徒歩で参加したことにさかのぼります。100周年目にあたる1990年の行進は「涙を拭く儀式」と冠され、安田法尼と共にWPPD2004JAPAN実行委員長をつとめた海老原美恵さんも参加して最後の4日間を断食して歩いたのです。このことがきっかけで、チーフ・ルッキングホースとのつながりができたのでした。この「涙を拭く儀式」がきっかけで始まったWPPDが、北米大陸、そして世界を一巡りした後、ラコタの聖地に安田法尼がふたたび徒歩で祈りを運んできてくださったことに深く感謝しています。

− のどかな会場 −
WPPD 会場では屋内施設はなく、全てのプログラムが野外で計画されていました。広場の中心には大きな木が枝を広げ、その下で人々が椅子を広げたり、草の上に座って円をつくり、様々なゲストや長老たちの話に耳を傾けました。また、大きなキャンバス・テントが二つたてられ、一つには持続可能な社会をテーマとした展示やグループのブース、もう一つには、ペインティングや、バッファローやオオカミ、イーグルといった動物のコスチュームを使ったパフォーマンスを楽しめる子供たちのためのアートプログラムが開かれています。

WPPDの開催を支援するためのサポートグッズも、開催間際になって登場し、敷地内唯一のログキャビンの中に広げられました。このストアの運営はジェラルドさんの希望で日本人スタッフに任され、ログキャビン内はにぎやかに日本語が飛び交うショップに。山積みにされたTシャツ、マグネット、ポスター、食器類をアピールするかわいいサインが女性たちの手で次々につくられていました。昨年の富士WPPDは、サポーターの方々によるサポートグッズの販売によって実現したわけですが、今回もなぜか日本人がサポートグッズを販売している姿はまるで昨年のフラッシュバックのようでもありました。

夕方からは、地元ラコタのドラムグループの演奏や、各地からかけつけた指導者らのスピーチが続きました。今年のステージは、トラックの荷台の台座ひとつだけというとてもシンプルなもので、会場唯一のPAシステムは2本のマイクと2台のスピーカー。照明も、4台の簡易スタンドというものでした。儀式会場のセッティングの際、PAシステムを設置しようというスタッフのアイディアも、チーフ・ルッキングホースによって却下され、儀式はすべて肉声のみで行われることになりました。

スピーチの合間に、キッチンでは大鍋で煮たバッファローのスープや豆、フライブレッド(ネイティブスタイルの揚げパン)がふるまわれました。キッチンのチームは、チーフ・ルッキングホース地元の家族や女性たち、そしてラピッドシティでコックをしている優しい笑顔のマークさんが中心となって仕切っていました。大きな木の下のピクニックテーブルで、初めて出会う人たちや、家族、仲間たちが楽しく談笑しながら、のんびりとした時が過ぎていきました。

− 朝のパイプセレモニー −
翌朝、時差ぼけのせいもあって早朝に目が覚めたので、キャンプ地を散歩していると、クリス・リーさんのキャンプではすでにラコタの長老、ハリー・チャージャーさんが起きてコーヒーを湧かしていました。せっかく儀式のためにみんな遠方から来たのだからということで、ハリーさんととクリスさんが、朝のパイプセレモニーを行うことなり、ネイティブの家族や、日本人のウォーカーたちなど、近くでキャンプしていたり、通りすがった人たちを誘って行われました。パイプセレモニーとは、ラコタの聖なる祈りの道具であるパイプに、祈りをこめてタバコをつめ、参加者とともに輪になり、パイプを順にまわしてそれぞれの祈りを創造主のもとに送り届けるというものです。パイプは本来、偉大なる精霊の啓示を受けた者が、メディスンマンやホーリーマンとの相談の末、授かるもので、パイプを持って生きる、すなわち「パイプの道」を歩くことの深い意味を理解し、責任を持って生きてゆかねばならないと言われています。そういう意味では、パイプを持つということはとても責任の重い道でもあり、常に自分の日常でのありかたを見つめ正してゆくことを求められます。パイプの道を生きる者は、アルコールも飲めませんし、もちろんドラッグを使用してもいけないということで、そのような誘惑が日常的に存在する現代社会では、この基本的ルールを守ることだけでもとても難しいと言えるでしょう。しかし、それはほんの入り口のルールであり、ラコタの教えが説く人としての生き方、偉大なる精霊の示す道を歩く事はそれ以上に難しいものかもしれません。パイプ・セレモニーは一見とてもシンプルな儀式に写るかもしれませんが、このように、パイプそのものが象徴する生き方、それを持って生きている人がそのパイプを参加者と分かち合うことの意味、またそのパイプを使って祈らせていただくことの意味をあらためて、深く感じさせられました。こうして21日の儀式に向けて、毎朝輪になって集い、祈ることに深く感謝しました。

− インディアン・タイム −
19日は参加者の数も増え、キャンプも落ち着きをみせ、いよいよ、参加した様々な環境グループのプログラムが始まりました。居留地の水の問題に取り組み、水を守るためのウォークを行っているグループ、居留地のエネルギーを自給しようと、風力発電に取り組んでいるグループなど、それぞれがその活動を紹介していました。

午後には、昨年富士WPPDにこられたロレーン・フォックス・デイビスさんのスピーチがありました。彼女は、昨年の日本での体験を事細かに、ドラマチックに語り、21日の台風の中、4000人近い人々が、輪を崩すことなく、何時間も雨風の中に立ち続け、祈りを捧げたことの素晴らしさを話してくれました。後ろでロレーンさんの話を聞いているチーフ・ルッキングホースもうんうんとうなづき、昨年の儀式のすごさをあらためて思い出しているかのようでもありました。

ライダーたちの馬は囲いの中でのんびりと休んでおり、子供たちが干し草をあげたり、軽くのってみたり、リンゴなどのえさを与えてみたりとしています。ランナーズキャンプでは各地からやってきたネイティブの青少年たちが家族とくつろき、また、エコロジー関係のグループは、各キャンプでミーティングを行っています。子供たちはプールで泳いだり、池にひそむ魚や亀をなんとかおびきだそうと水辺に集まっています。

今回のWPPDの興味深いところは、多くのプログラムが同時進行していた富士WPPDと違って、中心の広場でひとつづつプログラムが行われていたことでした。これは今年の人数が少なかったために可能だったことで、時間もすべて未定、準備ができたら行うという「インディアン・タイム」そのものでした。
そしてもうひとつ意表をついた点は、日本人チームが、「ファイアーダンサー」として大活躍したことです。今回現れた日本人の参加者のうち3名がそれぞれファイアーダンスが踊れることが判明。また、ジェンベ、ボサノバギター、口琴、ホーミーができる者が数名いたため、急ごしらえの「ファイアーダンサー・ユニット」を結成。チーフ・ルッキングホースたっての希望で、太陽が沈んだあとの、夜のイベントのトリに選ばれました。音楽チームはトラックの荷台のステージにならんで、神秘的な音で導入。すると、スタッフのS君が両端に火をつけた長い棒を持って登場。息をのむ観客の前で、武術チックな舞を披露。湧き上がる歓声とともに、次はメキシコから北上してきた女性2名のコンビが、両手に長い紐の柄に火の玉をぶら下げて登場。この玉を巧みに操り振り回して、やんやの喝采をを浴びて観客を魅了していました。音楽チームもここぞとばかりにエキゾチックなサウンドを、大音響で演奏。盛り上がる観客を見ながら、つくづく、「これで日本人のイメージも大幅に変わった」と思わずにはいられませんでした。

− 前夜祭 −
21日の儀式を目前とした20日夜は、マオリ、メキシコ、ネイティブのシンガーに詩人など、沢山のパフォーマンスが行われました。メキシコのアステカ民族を代表してかけつけてきた若いメキシコ人の一団は、よく見ると、WPPDのプロモーションビデオでも登場していた、褐色で長髪の青年たちでした。彼らはメキシコ国境に近いアメリカ南部に暮らしているらしく、アメリカ大陸で開催されたWPPDには必ず参加しているとのことでした。もともと彼らのお父さんが、WPPDへの支援を表明したらしく、現在は息子たちが中心となっています。今回も総勢8名ほどで参加、アステカに伝わる祈りの儀式を行うべく用意していたのです。よくメキシコの民族ダンサーに見られるような派手な姿ではなく、シンプルな白をベースにした衣服と、メキシコの鳥たちの羽根をまとい、足首には木の実のラトルをまき、小さな子供、女性、そして若者が登場しました。輪を作り、その中心には太鼓をおいて、静けさのなかに緊張感が走ります。すると、大きなほら貝の音とともに、4つの方角への祈りが始まりました。女性がアワビの貝殻に祈りの薬草を燃やし、その煙が風にただようなか、一つ一つの方角に祈りが捧げられてゆきます。その女性の祈りの言葉は、意味は分からなくても、まっすぐな力強さと、謙虚さが感じられした。四つの方角、そして天地への祈りが捧げられると、今度は激しい太鼓のリズムとともに、輪を描いて躍動的な踊りが始まりました。それぞれのダンサーは、祈りの思いを伝えると同時に、人間を超えた存在のメッセージを伝える道具となっているかのように、ゆるぎなく、エネルギッシュに、精神統一しているように見えました。長い時間がたったようでもあり、しかしその間中、時間が止まっているかの様でもあり、集った人々は誰もが真剣にこの儀式に見入っていました。そこにはラコタの伝統と同じ様に、長い歳月をアステカ、そして中南米のネイティブの人々に伝わり、感じられてきた、偉大なる精霊との交信がその瞬間瞬間に生きたものとして繰り広げられていたと感じました。

そして再び、日本人のファイアー・ダンサーズが登場。今回は、飛び入りでアメリカ人の女性もドラマーとして加わり、二夜連続にもかかわらず、この夜も熱い視線と喝采を浴び、観客を魅了していました。

20日夜最後を締くくるのは、アオテアロア・ニュージーランドから駆けつけたアイザックさん一行のマオリ儀式。ふと気づくとアイザックさんが、仲間とともに顔一面にマオリ伝統の文様を描き、伝統的な衣をまとって立っていました。いつもは柔和な雰囲気のアイザックさんですが、今夜は近づきかたい雰囲気がただよい、彼らが儀式に向けて特別な精神状態に入っていることがうかがわれました。この日は儀式が終わるまで断食を続けると聞いていました。舞台に出た4人はマオリの言葉で、神々に語りかけているようであり、ブーメランのような木片に長いひもをつけたものを若い男性が空中に振り回し、空気との摩擦で起きる振動音が響きわたる中、ただ一人の女性ミディペカさんが手やふるわせ大地をなでるような仕草をしながら祈りを捧げています。突然もう一人の男性が、円の中心に飛び出し、今度は激しい動作と表情を交えて言葉を唱えます。言葉の意味は分からなくても、彼らが、その文化に伝わる、神々との交信法の中
にしっかりと根ざしており、今この瞬間に生きた物として、その力が彼らに注がれていることは、身震いするほど伝わってきました。この緊張感と、宇宙的な広がりは、そこに集った全ての人に感じられていたと思います。先ほどまでおしゃべりしていたネイティブのシンガーや若者たちが、まさに息をのんでアイザックたちに見入っている、いえ、釘付けになっていました。儀式が終了した途端、大勢のネイティブの男性たちが舞台前にかけつけ、普段はシャイな彼らが自ら、マオリ流の挨拶をこぞってアイザックたちにしていた様子がとても印象的でした。

− World Peace and Prayer Day −
21日、儀式の朝は、6時半より、ハリーさんによるパイプセレモニーが行われました。大木の下に、早起きしてきて集まった人々が輪になり、その日の儀式のために心をこめて祈りました。この日にむけて毎朝みんなを集めてパイプ・セレモニーを続けてもらって、毎日少しづつ輪が大きくなる中で、心の準備をさせてもらったことはとても有り難いことだと思いました。

儀式は11時頃からということで直前の長老のスピーチをアラスカのウォルター・オースチンさんが行いました。ウォルターさんのお話はとても興味深いもので、そのぶん時間もかかり、1時間以上たったところで、「来年のWPPDはアラスカで行われますので、このお話の続きはアラスカで」としめくくりました。

いよいよ、チーフ・ルッキングホースが「これから儀式を始めますが、儀式というのはさまざまなエネルギーを招くことにもなり、これから数時間、何が起こるか分かりません。自然現象が突然変わるかもしれません...」と言い始めた途端、突然南から突風が吹き、木々の枝は大きく揺れ、テントが大きくしなりました。驚いた人たちは、いろんな物が飛ばされない様にあたふたとしました。昨年の台風を経験していた私たちはかえって平静で、内心、やはり...と驚くこともあまりありませんでした。チーフのスピーチのあと、これからムーンタイムの女性のサークルをつくりますので木の下に集まってください、また儀式会場へ向かう人々は、列をつくって向かうので集まってください、とアナウンスを続きました。

今年のムーン・サークルは、フローデマヨさんと、ラコタのアーレットさんのリードのもと、風のあたらない大きなテントの中で女性たちと集まりました。
女性のサークルは、フローデマヨさんのリードと素晴らしいお話、アーレットさんによるラコタの民のお話、そして各地から参加した女性たちのそれぞれの生き方を分かち合うというとても暖かく、親密な集いができました。20名ほどの小さな集いでしたが、そのぶんそれぞれが話す時間も多く、お互いの話を心の耳で本当に聴くことができたように思います。また、私たちの思いと祈りが、メインのサークルの祈りに加わったと確信しています。

チーフ・ルッキングホースのパートナーのポーラさんのレポートによると、メインの祈りのサークルでは、およそ1000人ほどが集まったようです。儀式はアラスカのリンダ・デーニーさん、アビゲイルさん、ウォルターさんによる場の浄めから始まり、それに続いてアイザックさん一行の浄め、アステカの浄めと踊りが続きました。その後は大きなイーグルと、3頭のオオカミの衣装に続いて子供たちが登場、ここ数日間会場で描いた未来の絵の発表しました。アニシナベ族の歌に続いて南アフリカ代表シャリーンさんの大地の歌、安田行純法尼による読経と力強いメッセージ、モロンゴ族代表の女性による聖地のための祈り、アニシナベ族のパット・ショーノーさんによる水の儀式、アイルランドのジェフさんによるふるさとの歌、セネカ族のグランマによる、東からのランナーをたたえるスピーチをハービー・アーデンさんとチョクトー族の女性が読み上げ、ロレーン・フォックス・デイビスさんの祈り、ホピ長老グランマ・コニーさんの祈り、スタージス在住の中国系アメリカ人の方による風の儀式、カナダのクリー族長老ジェイコブ・サンダーソンによる祈りが行われました。各民族の代表者が呼ばれたときには、日本からのスタッフも全員中心の輪に呼ばれ、日本代表として参加したそうです。全ての祈りの言葉がおわると、長老たちが中心の聖なる火にタバコを捧げ始め、それに続いてサンディー・ホワイトホークさんと、養子に出されたネイティブの人たちが西の門からサークルに入り、聖なる火に向かいました。それから参加者が一人一人タバコを中心の火に捧げていきました。最後にチーフ・ルッキングホースが、参加者全員に、この祈りをそれぞれの土地に持ち帰り、その地の人たちと分かち合い、各地の聖地に再び命を吹き込んでほしいとお願いして、儀式は終了したということです。昨年は会場の運営で、祈りの輪に参加することすらできなかった日本のスタッフが、今回は中心のサークルにまで呼ばれ参加できたことをとても嬉しく思いました。

− ホースダンスの儀式 −
中心の火を囲んでの儀式のあとは、カナダのクリー族から、特別に今回長老たちが集まり、「ホースダンス」の儀式が行われました。この儀式は「馬のくに」の力で人々に癒しをもたらすものということでした。柳の木でサークルをつくり結界とし、その中にたてたティピーの前で長老たちが儀式の歌を歌い、7 頭ほどの馬とライダーたちが歌に合わせてサークルの中を駆けめぐります。歌が急にとまると、ライダーたちは馬を止めて降り、馬のそばで踊らねばなりません。馬がすぐにとまらなかったり、踊っている間じっとしなかったりと、なかなか難しく、儀式を見ている人たちの間から笑い声が湧きます。このように何度も何度も歌に合わせて乗ったり、降りたり、踊ったりを繰り返して、儀式がひとつのサイクルを終えました。儀式の起源やいわれは説明されませんでしたが、クリー族のチーフ、ジェイコブ・サンダーソンさんがひと月の馬の行進をかけてブラックヒルズにこの儀式を持ってきたということにはきっと、私たちにの知らないレベルで重要な意味があるのだと感じました。

儀式は夕方5時頃には終了。安堵感と笑顔をいっぱいに、人々が儀式会場から戻ってきました。傾きかけた太陽のやわらかな光が、会場全体を包みこみ、まるで時間が止まっているかのようでした。考えてみれば、これだけ多くの人が、この日の祈りのために、ひと月以上も前から、走り、馬に乗り、歩き、準備をしてきたのです。それぞれの人が、自分の個人や家族、地域社会、そして地球の状態がより良くなりますようにとの深い祈りを持ち寄って集まってきていたのです。その儀式が終わった瞬間というのは、どれだけ深い喜びや思いがあったことでしょう。ほとんどの人が広いアメリカ各地からきており、それぞれ帰路につく支度をしなければなりませんが、とてものんびりとしています。このゆったりとした雰囲気は、感謝の思いが本当に送り届けられたことを意味していたのかもしれません。次第に日も暮れ、いよいよ、大きな荷物を積んだ車が続々と会場を出発しはじめました。昨年の富士WPPDのために作ったサポートステッカーやバッジなどは、今回はブラックヒルズでギブアウェイしようということで、巨大なボストンバッグにパンパンにつめて持ってきていました。これを、会場出口で、スタッフのS君が来てくれた人に一つづ配ってくれました。

儀式も終わり、サークルの結界が解かれたあと、サークルのそばでCandle JUNEさんから預かってきたキャンドルを灯しました。Candle JUNEさんは、手作りの美しいキャンドルを使ったインスタレーションを行うアーティストであるとともに、グランド・ゼロ、沖縄、アフガニスタン、広島などで祈りを込めてキャンドルを灯す旅を続けています。満月の前日ということで月は限りなく丸く、サークルの西にある丘の間からぽっかりと浮かんだ月はあまりにも絵になりすぎているほどです。そこで静かにともした一つのキャンドル。これはちょうど日本出発前に、JR尼崎駅列車脱線事故現場にJUNEさんが灯したキャンドルでした。私の暮らす京阪神でおきた悲しい出来事。そこで亡くなった人々のために祈りを灯してくれたこのキャンドルを、ブラックヒルズで灯すことができたのはとても感慨深いものでした。

無事儀式を終えた10年目の World Peace and Prayer Day ー感謝の儀式はこのように、様々な人と思いと祈りを集めて、終わりました。この集いで体験したこと、感じたこと、心に浮かんだ思い、祈り。それぞれが、それぞれのWPPDの一部を胸に、またそれぞれの日常に、今までの自分とは少し変わって帰っていったのかもしれません。

ポーラさんによると、21日当日、全米のネイティブの人々から連絡が入り、各地の聖地で祈りを行い、そのエネルギーを活性化したというレポートが入っていたということです。ブラックヒルズに来た人数は1000人であっても、世界各地で、この6月21日の祈りが確実に広がっていることが、本来の目的であり、それが実現していることを、とても嬉しく話していました。私もまた、日本では富士山で海老原美恵さんをはじめとしたWPPDのスタッフが、沖縄ではWPPDサポートしてくれた女性たちが、北海道ではアイヌアートプロジェクトの結城さんたちが、山口県では上関原発建設に抵抗し続ける祝島で、そして私の知らない各地でのさまざまなWPPDが行われていたことを伝えました。

ラコタの民にとって、悲惨な歴史であったウンデッドニーへの「涙を拭く」行進、そしてホワイトバッファローの誕生がきっかけで生まれたWorld Peace and Prayer Dayのビジョン。このビジョンは、実はずっとずっと昔から、全ての人のたましいの奥底にあったビジョンなのかもしれません。そのメッセージを受け止めて、10年間動いてきた様々な人々。世界各地の聖地で、私たちのしらないところで、様々なひとたちがそれぞれの形で祈ってきたことと思います。わたしたち人間が、この地球上で、全ての存在とともに、調和の中に生きることができるよう、またこの地球が全ての存在のために、命の源であり続けてくれるよう、愛と思いやりと平和を胸に、この祈りが、この集いがこれからもつながっていくことを心のそこから願っています。

追記:
すでに今後の WPPD は、2006 年アラスカ、2007 年メキシコ、2008 年にはニュージーランドで予定されています。アラスカでの計画は日本にも来日したリンダ・デーニーさんがすすめており、日本の方々と協力したいと願ってられます。今回のWPPDでウォークを行われた安田行純法尼からは、アラスカでピース・ウォークをしたいという話も聞いています。また、今年北米の四つの方角から青少年のランを計画したグレースさんたちは、来年はアラスカ目指してランを計画中です。詳しい情報は今後届くかと思いますが、日本で関心のある方々にいろいろな形でぜひ参加してもらいたいと話しています。具体的に聖地に集い、世界中の人々と、集いや祈りの場を共有することで、様々なレベルでの交流やつながりが深まっていくことに大きな希望を感じています。海外からの情報が届き次第、日本の WPPD の HPにも記載する予定ですので、今後も時々HPを見ていただければ幸いです。





ありがとうございました。

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